- 2009年11月24日 20:01
- 自由投稿
寄稿者:高橋 正明
廃墟探索のためのガイドブックも出ている。廃墟ファンたちのウェブサイトも多い。実際に廃墟や都市を探索する人ばかりか、老朽化し打ち捨てられたマンションのひと部屋だけを住めるよう改装して、隠れ家的なセカンドハウスとして使っている人もいる。彼の部屋の上階には水がたまり、落ち葉などが堆積し、天井からの漏水を気にしながらも、あえて住んでいた。アンドレイ・タルコフスキーの陰鬱な映画のシーンを連想させるが、住人はその部屋でごく普通に暮らしている。不法占拠者のような生活ではない。
過去10〜20年くらいから現在にいたる日本の写真家の作品には、廃墟、廃墟を直接の対象としていないが、どこか廃墟を思わせる趣向のものが多く、特に東京を題材にしたものは、その傾向が顕著である。常にスクラップ・アンド・ビルドを繰り返す日本の都市....たとえば東京のいたるところに廃墟然としたエリアが数多く存在するのだ。昨日まで近所にあった建物が、明日突然廃墟になることもありうる日常の中で、写真家たちはカメラによってこれらの幻景を写し取る。それは被写体となることで異化される。
廃墟の趣向をもつ文化はヨーロッパをはじめ世界中にあり、廃墟は、その時間意識によって高揚、安堵、ノスタルジー、デカダンスなど情緒的理由で好まれていることが多いが、今の日本の場合には、それだけでなく、ある種の自虐的とも形容すべき志向も見られるのが特徴だ。見る者の「被害者であり、加害者でもありうる」意識が対象を媒介にして交錯する。さらには廃墟となったものを暴いてみることの快感、その背後には廃墟に人間の痕跡や暖かみを感じたいという本能的な欲求もあるに違いない。新しい廃墟であるほど、人間の痕跡は明らかに出ており、より強い物語性が見る者を呪縛することは小林の作品のいくつかが雄弁に語っている。
それまでほとんどモノクロで撮られていた廃墟に不満を感じた彼は、廃墟の美しさを見てほしいと考え、白黒でなくあえてカラーフィルム、それもポジでなくネガフィルムを選んだという。ポジでは暗い部分がつぶれずよく見せることができるからだ。その明るい廃墟にはDesert Cantosシリーズのリチャード・ミズラックやNuclear Landscapesシリーズのピーター・ゴインらアメリカ写真の影響も見られるが、狙いとするところには違いがある。
日本語の廃墟にあたる英語は、ルイン(ruin)だろうか。しかし、この言葉はアステカなり、ポンペイなり、エジプトなり、いわゆる遺跡や遺物にも使われるが、日本語ではそういう場合には廃墟という単語をあてず「遺跡」という。今日注目されている日本の廃墟は、modern ruinsとでもいうほうがふさわしく、19世紀のものより、戦後の1945年以降、高度成長期やバブル期ごろのものが、廃墟愛好者にとってアピール度が高いし、商品価値も高いのが特徴だ。
今日の廃墟ブームの前駆をなした動きとして、筆者は「トマソン」があったことに注目したい。「トマソン」とは60年代にネオダダ活動をしていたアーティストで、作家の赤瀬川原平らが85年にはじめた会だ。主に東京を対象に「不動産に付着して美しく保存されている無用の長物」を評価、鑑賞することをスーパーアート・トマソンと命名、再開発や道路拡張、そのほかの理由で、町中に奇妙に残された、機能していない階段、塗り込められた窓やドアなどの構築物、建築、オブジェなどへの一般の関心を高めた。
こうした都市観察者たちの動きは、80年代後半に起った日本のバブル景気の膨張とうまく重なる。不動産と建築に桁外れの資本が投下され、土地の買い占めが急がれたこの時期、都市開発は一般人ばかりでなく、建築家や都市の研究者や知識人たちの想像を遥かに超えるスピードで進行していた。彼らの目は眩まされ、この再開発という怪物の首に鈴をつけようという識者はほとんどいなかったが、怪物は都市にシュールで偏頗な建築的置き土産を残して消えた。やがて80 年代後半に最初の廃墟ブームともいうべき動きが現れ、写真家の多くが廃墟的なものに吸い寄せられ、続々と廃墟テイストの作品が登場することになった。(続く)
過去10〜20年くらいから現在にいたる日本の写真家の作品には、廃墟、廃墟を直接の対象としていないが、どこか廃墟を思わせる趣向のものが多く、特に東京を題材にしたものは、その傾向が顕著である。常にスクラップ・アンド・ビルドを繰り返す日本の都市....たとえば東京のいたるところに廃墟然としたエリアが数多く存在するのだ。昨日まで近所にあった建物が、明日突然廃墟になることもありうる日常の中で、写真家たちはカメラによってこれらの幻景を写し取る。それは被写体となることで異化される。
廃墟の趣向をもつ文化はヨーロッパをはじめ世界中にあり、廃墟は、その時間意識によって高揚、安堵、ノスタルジー、デカダンスなど情緒的理由で好まれていることが多いが、今の日本の場合には、それだけでなく、ある種の自虐的とも形容すべき志向も見られるのが特徴だ。見る者の「被害者であり、加害者でもありうる」意識が対象を媒介にして交錯する。さらには廃墟となったものを暴いてみることの快感、その背後には廃墟に人間の痕跡や暖かみを感じたいという本能的な欲求もあるに違いない。新しい廃墟であるほど、人間の痕跡は明らかに出ており、より強い物語性が見る者を呪縛することは小林の作品のいくつかが雄弁に語っている。
それまでほとんどモノクロで撮られていた廃墟に不満を感じた彼は、廃墟の美しさを見てほしいと考え、白黒でなくあえてカラーフィルム、それもポジでなくネガフィルムを選んだという。ポジでは暗い部分がつぶれずよく見せることができるからだ。その明るい廃墟にはDesert Cantosシリーズのリチャード・ミズラックやNuclear Landscapesシリーズのピーター・ゴインらアメリカ写真の影響も見られるが、狙いとするところには違いがある。
日本語の廃墟にあたる英語は、ルイン(ruin)だろうか。しかし、この言葉はアステカなり、ポンペイなり、エジプトなり、いわゆる遺跡や遺物にも使われるが、日本語ではそういう場合には廃墟という単語をあてず「遺跡」という。今日注目されている日本の廃墟は、modern ruinsとでもいうほうがふさわしく、19世紀のものより、戦後の1945年以降、高度成長期やバブル期ごろのものが、廃墟愛好者にとってアピール度が高いし、商品価値も高いのが特徴だ。
今日の廃墟ブームの前駆をなした動きとして、筆者は「トマソン」があったことに注目したい。「トマソン」とは60年代にネオダダ活動をしていたアーティストで、作家の赤瀬川原平らが85年にはじめた会だ。主に東京を対象に「不動産に付着して美しく保存されている無用の長物」を評価、鑑賞することをスーパーアート・トマソンと命名、再開発や道路拡張、そのほかの理由で、町中に奇妙に残された、機能していない階段、塗り込められた窓やドアなどの構築物、建築、オブジェなどへの一般の関心を高めた。
こうした都市観察者たちの動きは、80年代後半に起った日本のバブル景気の膨張とうまく重なる。不動産と建築に桁外れの資本が投下され、土地の買い占めが急がれたこの時期、都市開発は一般人ばかりでなく、建築家や都市の研究者や知識人たちの想像を遥かに超えるスピードで進行していた。彼らの目は眩まされ、この再開発という怪物の首に鈴をつけようという識者はほとんどいなかったが、怪物は都市にシュールで偏頗な建築的置き土産を残して消えた。やがて80 年代後半に最初の廃墟ブームともいうべき動きが現れ、写真家の多くが廃墟的なものに吸い寄せられ、続々と廃墟テイストの作品が登場することになった。(続く)
寄稿者プロフィール
高橋正明(たかはし・まさあき)
SHA- ken主宰者。編集プロダクション「ブライズヘッド」代表。建築、デザイン、アートについて取材、執筆、企画するいっぽう、DIESEL DENIM GALLERY AOYAMAのキュレーターとして若手建築家の展示を数多くコーディネートしている。主な著書「建築プレゼンの掟」(彰国社)、「次世代の空間デザイン 21名の仕事」(グラフィック社)他多数。翻訳に「現代建築家ガイド111人」(共訳、丸善)等がある。www.brizhead.jp
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